実の伴わない「名誉」を与える

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「金と名誉」といいますが、相手の自己重要感を高めることは、この「名誉」を与えることです。劉備が、孔明に「注目」し、「称賛」したとき、孔明は「名誉」に思ったはずです。天皇陛下に声をかけられた者も、その「名誉」に涙しました。名誉そのもの、つまり「名」を与えることもできるでしょう。

歴代の天皇や天下をとった武将たちは、功労者には自分の姓を与えたり、名前の一字を与えたり、家紋を与えたりもしています。このような「名」の下げ渡しは、現在でも続いているのではないでしょうか。大企業が、その下請け会社に、自社の企業名の一部を使うことを許可するといったやり方です。

一般企業で、社員の名誉に当たるのは、「部長」や「課長」といった肩書でしょう。「名と実」というように、名(肩書)にはたいてい、実ー昇給など、待遇のアップや責任や義務の重さも伴うのですが、呼び方を変えただけで、人は「名誉」として受け取ることもあります。

生命保険や証券会社の勧誘の女性には、いま、「○○レディ」などという横文字の名前がつけられています。「保険のおばちゃん」「外交員」では、若い女性がなりたがらないためでしょう。「清掃員」も、「クリーン・スタッフ」などと称すると、若者が志望してくるそうです。博覧会などの「コンパニオン」は、女性の憧れの職業ですが、「説明・接待係」では、これほどの人気にはならなかったはずです。

「ただのイメージだ」といえばそれまでですが、これはバカにできません。最近、名称やシンボルマークを変える企業、大学が多いのですが、「無名」から「有名」、「二流」から「一流」に、あるいは「国際的」にイメージを変えたとたん、受験者が急増しています。これで社員や学生、教師も、群居衝動が満たされ、自己重要感が高まるような「名誉」が得られるのです。

金を与えるか、あるいは、金を使わずに、注目、称賛、微笑で群居衝動や自己重要感を持ち上げるか。いちばんいいのは、その両方をうまく使って、「名誉と金を与える」ことです。この報酬を惜しみなく与える者こそ、人の力と金の力を得るのです。

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